毛鉤は秘密の話にのって。
毛鉤が好きだ。
それまで全くの鳥や獣の羽や毛だった物が自分の手の中で今にも飛び立ちそうな虫達に姿を変える。あの工程が好きだ。
今シーズンからはテンカラを始めようと思っていた。
フライフィッシングはそれなりにしたし、山で野宿する時もそのパックロッドを持って行った。
なのになぜテンカラを今更始めようかと言うとその手返しの良さに惹かれたからだ。
フライフィッシングだとどうしてもそっちがメインのイベント事になってしまい野宿との相性に少々疑問を持っていた。
というわけで漠然と次に手を出すターゲットをテンカラに定めかけていたある日、仕事をサボって立ち寄った釣具屋で中古の丁度良いテンカラ竿を見つけた。すぐにその竿を買って帰ると野宿用のザックに取り付けるロッドケース製作に取り掛かった。
野宿する際、ザックはかなり雑に扱われるため、その脇に取り付けるロッドケースは耐久性が求められる。
私はいつも塩ビ管を使って安価で丈夫なケースをザックの脇に刺すことにしている。
このザックは魔法のザックでわずか45リットルの中に私の全てが入っている。
リビングもキッチンもダイニングもベッドルームも。このザックを広げるとたちまちそこに我が家が現れるのだ。
このザックの作り方にはそれ相応のこだわりがあって、長年かけて私なりに必要と思う物を最低限に集めて作ってきた。
住みやすい家がすぐに出来るわけではないように、リフォームしたり配置換えしたりする様にこのザックを作り上げてきた。
そんなザックに刺したロッドケースの脇に、小さなポーチを拡張する事にした。
そこにはテンカラ用のフライボックスや、ライン、小物を入れる予定だ。
つまり、今使っているフライベストのポケットからフライボックスを持って来るのではなく、テンカラ専用の、野宿専用の毛鉤スペースをザックに作るのだ。
それはあたかも家にフライ部屋を増築するようなものだ。わずか10センチ四方の増築だけれど。
そんなわけで見よう見まねでテンカラの毛鉤を作っている。
新しい事にチャレンジ出来るのはいつになっても嬉しい。
今夜子供を寝かせたら毛鉤を巻こう。
そう決めていた。
動物番組のテレビを一緒に見ながら程よい時間で歯磨きを促す。仕上げの磨きが済んだら子供が大好きなおさるのジョージを寝室で見る。
途中寝ぼけて甘えて絵本をせがんだ子供に絵本を読む。
いつも通りだ、これで5分もしないうちに眠りにつく。。。
しかし息子は身を翻してこう言ったのだ。
「お腹空いたからご飯を食べる」
寝ぼけているのか?
明日の朝食べようね、と返事をすると
「晩ご飯食べてないから食べる」
寝ぼけてなどいない。その目には強い意志があった。
だからあれほどしっかり食べろと。。。。
しかしお腹が空いたのなら仕方がない。
即席麺の夜食を作った。
息子は猫舌なので出来たラーメンに少し残っていた冷やご飯を入れてぬるくしてやる。
ラーメンご飯と言うべきであろうその夜食にいつもは見せない集中力で頬張る。
柔らかそうな頬っぺたに食事がどんどん送り込まれていく。
気がつけば部屋にはチキンスープの匂いが立ち込めていた。
思わず
なんで遅い時間に食べるご飯は美味いんだろう
と聞いてみた。
息子はただくしゃっと笑ってまた頬張る。
空腹だけじゃない。
普段食べないこの遅い時間に食べるという事が特別なのだ。
まさに野宿の際のあれである。
少し前まで赤ん坊だったと思っていた3歳児と急に深く心が通じ合った様な気がしてたまらなく幸せになった。
もしいつか一緒に酒を飲む日がくればきっとこんな気持ちなんだろう。
その後手作りベッドに入った息子は私の髭を触りながら5分も待たずに夢を見ていた。
今夜は良い毛鉤が巻ける、そんな気がした。