父の登り窯を解体して山小屋を製作。
日暮。
カラカラカラ、と西からの風を受けて屋根に付いた小さな鯉のぼりの風車は回る。
骨の様な錆びた釘が浮き出ている痩せた小屋だ。
その役割を終えてから暫くの月日、ただ脇を流れる川の音と過ごして来た。
まだ役割があった時は年に数回、1000℃を超える炎を抱えて主人を雨からも風からも守って建っていた。
それは私の父だった。
登り窯に火が入る時、窯の上にはアルミ箔に包まれた芋が置いてあり、隣にある古ぼけたやかんからは湯気が上っていた。
このお湯で我々姉弟はこの時だけ許された小さなカップラーメンを食べ、夜がふけても輝く灯りと煙突から昇る煙を眺めた。
ここの家に生まれた者にとって、あれは最高のお祭りだった。
しかしもうあの夜は無いのである。
父が窯を焚かなくなってから、ここは煉瓦やただの無機質な道具達があるだけの場所になった。
そして、そうなってからしばらく経つ。
なんとか灯りの燈る夜をもう一度見てみたい。
私は登り窯を解体して、皆が集える山小屋にする決意をした。
私達が感じた思い出の中にある夜の高鳴りを2人の息子にも経験させたい。
計画を練る。
まずはこの家にある廃材を出来るだけ活かす事。
そしてこの窯の名残を、少しでも残す事。
取り掛かる前はこんな感じ。
ただ一人、残された窯は何を思って過ごして来たのだろう。
1の窯を解体したあたり。
大型の耐熱レンガは異常に重い。形も数もたくさんあり先が思いやられる。
しかしなきごとばかり言っていられないのである。
気合いで2の窯にとりかかる。ひたすら煉瓦を運び出す地味な作業。
新品の軍手は2日で穴が空いた。
1の窯があったあたりに煉瓦を敷いて土間にした。
その隣には板の間を作ろう。
使うのは廃材と煉瓦ばかり。
木材も古く、反っていたり欠けていたりでろくに水平もとれずに難航する。
そもそもこの小屋自体が曲がっているのだ。
寒かったので土間に窯を作る。
これでなんとか暖をとりたい。隙間だらけで煙い上に煙突は曲がっている。
それはこれから徐々に直して行こう。
これからが山生活のスタート。火を得てやっと少しだけ人の生活らしくなる。
雪のちらつく日が続き、火が与えてくれる熱はこんなに貴重なものだったのだと気付かされる。
かつて黒煙を吐き出していた煉瓦の煙突と比べると、かなり小さくなってしまったが、この小屋から煙が昇る姿に胸が満たされる。
2の窯の煉瓦達も運び終える。
ここには小上がりとロフトを作る予定だ。
ロフトならば底冷えはしないだろうし、窯からの熱が溜まって暖かい。
何より私も子供達も高い所が大好きである。
ロフト用の柱を立てながら想像する、子供の頃の自分がここで泊まる夜を。
ロフトで寝ていて真下から聞こえてくる大人達の楽しそうな声を。
集いの場になれば嬉しいので、ここは掘りごたつにする事にした。
真ん中に七輪を置いて何かを焼き、暖をとれる場所。
ロフトに板を貼ってみる。なかなか広い。
屋根裏の様な雰囲気があって私はすぐにこの場所が好きになった。
子供達も上がるので柵も付けた。
同じ労力ならば作り上げて行く方が解体よりもよっぽど楽しい。
不揃いな廃材達に苦戦しながらでも、楽しい時間を過ごした。
下の掘りごたつスペースにも内壁のつもりで物置にあった古い黒板を付けた。
そしてこの2つをつなぐ緩やかな階段も付けた。。。
古い村の集会所の様になり、なかなか良い雰囲気だ。
そして完成を祝してついにここに泊まった。
これだけの事をやりきった達成感と懐かしさで胸がいっぱいだった。
ここでたくさん山遊びをしよう。